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キリスト教会
今までのメッセージ


2026. 7.12. 礼拝メッセージ:金子辰己雄師
【タイトル】 エペソ(15)「キリストの教えに生きる③」 【聖書個所】 エペソ4:30~32:「神の聖霊を悲しませてはいけません。あなたがたは、贖いの日のために、聖霊によって証印を押されているのです。4:31無慈悲、憤り、怒り、叫び、そしりなどを、いっさいの悪意とともに、みな捨て去りなさい。4:32お互いに親切にし、心の優しい人となり、神がキリストにおいてあなたがたを赦してくださったように、互いに赦し合いなさい。」 【本論】 V30:「神の聖霊を悲しませてはいけません。あなたがたは、贖いの日のために、聖霊によって証印を押されているのです。」 この節が、今日の箇所の中心的な箇所で、先ほど、今日の箇所は、これまでキリストの教えとして語って来た教えの柱であり土台であると言ったが、まさに、この節がその柱の柱、土台の土台と言える。 新改訳では、「神の聖霊を悲しませてはいけません。あなたがたは、贖いの日のために、聖霊によって証印を押されているのです。」と、2つの文に分かれているが、本来この箇所は一つの文で、「あなたがたの贖いの日のために証


2026. 7. 5. 礼拝メッセージ:金子辰己雄師
【タイトル】 神の召しに生きる―神中心の生き方― 【聖書個所】 イザヤ43:21:「わたしのために造ったこの民はわたしの栄誉を宣べ伝えよう。」 【序論】 この聖句は、イザヤ43:1:「だが、今、ヤコブよ。あなたを造り出した方、【主】はこう仰せられる。イスラエルよ。あなたを形造った方、【主】はこう仰せられる。『恐れるな。わたしがあなたを贖ったのだ。わたしはあなたの名を呼んだ。あなたはわたしのもの。』」と言ってⅤ28まで、途中、皆が良く知っている聖句、Ⅴ4a―b:「わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。」や、Ⅴ18~V19:「先の事どもを思い出すな。昔の事どもを考えるな。43:19見よ。わたしは新しい事をする。今、もうそれが起ころうとしている。あなたがたは、それを知らないのか。確かに、わたしは荒野に道を、荒地に川を設ける。」ということを語りながら、この章のテーマとして、「私があなたの造り主であり、私はあなたの救い主である。」ということを語っている聖句です。そして、今日の聖句が、その神と私たちとの関係の中で、神は何の


2026. 6.28. 礼拝メッセージ:金子辰己雄師
【タイトル】 霊的戦い(16)「戦い終えた後の、完全なる勝利」 【聖書個所】 ヘブル4:10~13:「神の安息に入った者ならば、神がご自分のわざを終えて休まれたように、自分のわざを終えて休んだはずです。4:11ですから、私たちは、この安息に入るよう力を尽くして努め、あの不従順の例にならって落後する者が、ひとりもいないようにしようではありませんか。4:12神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通し、心のいろいろな考えやはかりごとを判別することができます。4:13造られたもので、神の前で隠れおおせるものは何一つなく、神の目には、すべてが裸であり、さらけ出されています。私たちはこの神に対して弁明をするのです。」 【前置・報告】 これまで、エペソ6章に記されていた霊的武具について5回に分けて学んだ。今日からは、またさまざまなテーマで霊的戦いについての学びをして行く。 何度も言うことだが、私たちはクリスチャンになった瞬間から、否が応でも悪魔との戦いの場に置かれる。悪魔が何とかして私


2026. 6.21 礼拝メッセージ:金子辰己雄師
【タイトル】 エペソ書(14)「キリストの教えに生きる②」 【聖書個所】 エペソ4:25~27:「ですから、あなたがたは偽りを捨て、おのおの隣人に対して真実を語りなさい。私たちはからだの一部分として互いにそれぞれのものだからです。4:26怒っても、罪を犯してはなりません。日が暮れるまで憤ったままでいてはいけません。4:27悪魔に機会を与えないようにしなさい。4:28 盗みをしている者は、もう盗んではいけません。かえって、困っている人に施しをするため、自分の手をもって正しい仕事をし、ほねおって働きなさい。4:29悪いことばを、いっさい口から出してはいけません。ただ、必要なとき、人の徳を養うのに役立つことばを話し、聞く人に恵みを与えなさい。」 【序論】 今日のメッセージは、「ですから」(Ⅴ25)と言う言葉があるように、前回のメッセージを土台としたもの。つまり、前回の結論である「真理に基づく義と聖をもって神にかたどり造り出された新しい人を身に着るべきことでした。」(Ⅴ24)にあるように、私たちは神に似た者とされたということが土台になって語られ


2026. 6.14 礼拝メッセージ:金子辰己雄師
【タイトル】 エペソ書(13)「キリストの教えに生きる①」 【聖書個所】 エペソ4:17~24:「そこで私は、主にあって言明し、おごそかに勧めます。もはや、異邦人がむなしい心で歩んでいるように歩んではなりません。4:18彼らは、その知性において暗くなり、彼らのうちにある無知と、かたくなな心とのゆえに、神のいのちから遠く離れています。4:19道徳的に無感覚となった彼らは、好色に身をゆだねて、あらゆる不潔な行いをむさぼるようになっています。4:20しかし、あなたがたはキリストを、このようには学びませんでした。4:21ただし、ほんとうにあなたがたがキリストに聞き、キリストにあって教えられているのならばです。まさしく真理はイエスにあるのですから。4:22その教えとは、あなたがたの以前の生活について言うならば、人を欺く情欲によって滅びて行く古い人を脱ぎ捨てるべきこと、4:23またあなたがたが心の霊において新しくされ、4:24真理に基づく義と聖をもって神にかたどり造り出された、新しい人を身に着るべきことでした。」 【序論】 パウロは前の箇所で、教会


2026. 6. 7. 礼拝メッセージ:金子辰己雄師
【タイトル】 召しにふさわしい歩み(3)「実を結ぶ堅実な歩み」 【聖書個所】 Ⅱペテロ1:10:「ですから、兄弟たちよ。ますます熱心に、あなたがたの召されたことと選ばれたこととを確かなものとしなさい。これらのことを行っていれば、つまずくことなど決してありません。」 【序論】 ペテロは、Ⅴ1:「イエス・キリストのしもべであり使徒であるシモン・ペテロから、私たちの神であり救い主であるイエス・キリストの義によって私たちと同じ尊い信仰を受けた方々へ。」と、イエス・キリストを信じる信仰によって救いを受けた兄姉、また私たちに語り、続けて、Ⅴ2~V9で「あること」を語り、そしてその結論として、Ⅴ10:「ですから、兄弟たちよ。ますます熱心に、あなたがたの召されたことと選ばれたこととを確かなものとしなさい。これらのことを行っていれば、つまずくことなど決してありません。」と言う。 「つまずく」というのは、文字通り「躓く」ことで、皆さんもあるかと思うが、道を歩いていて、道がデコボコしているにも関わらず、注意しないで歩いていると躓くことがある。信仰生活に


2026. 5.31. 礼拝メッセージ:金子辰己雄師
【タイトル】 霊的戦い(15)「御霊によって祈りなさい。」 【聖書個所】 エペソ6:18~20:「すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。そのためには絶えず目をさましていて、すべての聖徒のために、忍耐の限りを尽くし、また祈りなさい。6:19また、私が口を開くとき、語るべきことばが与えられ、福音の奥義を大胆に知らせることができるように私のためにも祈ってください。6:20私は鎖につながれて、福音のために大使の役を果たしています。鎖につながれていても、語るべきことを大胆に語れるように、祈ってください。」 【序論】 パウロは、「すべての祈りと願いを用いて、どんなときにも御霊によって祈りなさい。」と命じている。「すべての祈りと願い」とは、文字通り「すべての祈りと願い」であって、英語での「All kinds of prayers and requests」である。つまり、内容においても、祈り方においても、私たちが神に祈る時、神に願う時、いろいろな状況でのさまざまな祈り、願いがあるということである。 杉戸では月1回、地


2026. 5.24. 礼拝メッセージ:金子辰己雄師
【タイトル】 「神の賜物を、再び燃え立たせてください。」 【聖書個所】 Ⅱテモテ1:6~7:「それですから、私はあなたに注意したいのです。私の按手をもってあなたのうちに与えられた神の賜物を、再び燃え立たせてください。1:7神が私たちに与えてくださったものは、おくびょうの霊ではなく、力と愛と慎みとの霊です。」 【序論】 ペンテコステ礼拝というと、私もして来たが、多くの教会では聖霊のバプテスマを受けることが出来るようにと、按手の有無に関わらず聖霊の恵みが注がれるための祈りをする。しかし、私は今日はそのための祈りはしない。何故なら、そのような祈りはもう十分して来たので、もう皆さんはペンテコステの恵みである聖霊の恵みを十分に受けていると信じるからです。 イエス様を信じる者にとって、上から注がれるペンテコステの恵み、聖霊のバプテスマという霊的体験の恵みは1回限りのものである。ちょうど、教会にとってのペンテコストと対比するイスラエルの民にシナイ山の麓で律法が賦与されたというシャブオット(五旬節)で祝う出来事が1度限りであったのと同様です。繰り


2026. 5.17. 礼拝メッセージ:金子辰己雄師
【タイトル】 エペソ書(12)「愛によって建てられる教会」 【聖書個所】 エペソ4:7~16:「しかし、私たちはひとりひとり、キリストの賜物の量りに従って恵みを与えられました。4:8そこで、こう言われています。『高い所に上られたとき、彼は多くの捕虜を引き連れ、人々に賜物を分け与えられた。』4:9─―この「上られた。」ということばは、彼がまず地の低い所に下られた、ということでなくて何でしょう。 4:10この下られた方自身が、すべてのものを満たすために、もろもろの天よりも高く上られた方なのです。──4:11こうして、キリストご自身が、ある人を使徒、ある人を預言者、ある人を伝道者、ある人を牧師また教師として、お立てになったのです。 4:12それは、聖徒たちを整えて奉仕の働きをさせ、キリストのからだを建て上げるためであり、4:13ついに、私たちがみな、信仰の一致と神の御子に関する知識の一致とに達し、完全におとなになって、キリストの満ち満ちた身たけにまで達するためです。4:14それは、私たちがもはや、子どもではなくて、人の悪巧みや、人を欺く悪賢い策略に


2026. 5.10. 礼拝メッセージ:金子辰己雄師
【タイトル】 エペソ書(11)「一つとされる神の召し」 【聖書個所】 エペソ4:1~6:「さて、主の囚人である私はあなたがたに勧めます。召されたあなたがたは、その召しにふさわしく歩みなさい。4:2謙遜と柔和の限りを尽くし、寛容を示し、愛をもって互いに忍び合い、4:3平和のきずなで結ばれて御霊の一致を熱心に保ちなさい。4:4からだは一つ、御霊は一つです。あなたがたが召されたとき、召しのもたらした望みが一つであったのと同じです。4:5主は一つ、信仰は一つ、バプテスマは一つです。4:6すべてのものの上にあり、すべてのものを貫き、すべてのもののうちにおられる、すべてのものの父なる神は一つです。」 【序論】 パウロはV1で、「召されたあなたがたは、その召しにふさわしく歩みなさい。」と言っている。神様はある目的をもって私たちを召して下さった。その目的とは何か?―結論を言う。その目的は、神様と私たちとが一つとなることです。神様は私たちをご自身と一つとされるために召して下さったのです。「一つとなる」とはどういうことか? 【本論】...
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