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2026. 3. 8 礼拝メッセージ:金子辰己雄師

  • 4 時間前
  • 読了時間: 8分

【タイトル】

エペソ書(7)「神の恵みによる私たちのビフォー&アフター③」

【聖書個所】

エペソ2:11~18:「ですから、思い出してください。あなたがたは、以前は肉において異邦人でした。すなわち、肉において人の手による、いわゆる割礼を持つ人々からは、無割礼の人々と呼ばれる者であって、2:12そのころのあなたがたは、キリストから離れ、イスラエルの国から除外され、約束の契約については他国人であり、この世にあって望みもなく、神もない人たちでした。2:13しかし、以前は遠く離れていたあなたがたも、今ではキリスト・イエスの中にあることにより、キリストの血によって近い者とされたのです。2:14キリストこそ私たちの平和であり、二つのものを一つにし、隔ての壁を打ちこわし、2:15ご自分の肉において、敵意を廃棄された方です。敵意とは、さまざまの規定から成り立っている戒めの律法なのです。このことは、二つのものをご自身において新しいひとりの人に造り上げて、平和を実現するためであり、2:16また、両者を一つのからだとして、十字架によって神と和解させるためなのです。敵意は十字架によって葬り去られました。2:17それからキリストは来られて、遠くにいたあなたがたに平和を宣べ、近くにいた人たちにも平和を宣べられました。2:18私たちは、このキリストによって、両者ともに一つの御霊において、父のみもとに近づくことができるのです。」

【序論】

 「ですから、思い出してください。」(V11)とは何か?―これまで2回、私たちは神の恵みによる救いの前は××で、救われた後は〇〇というように、救われる前のビフォーと、救われた後のアフターを見て来た。そこには明白な違いがあった。どんな違いだったか?―1回目のメッセージ(V1~V7)では、救いの前は、「生まれながらに神による永遠の滅びという裁きを受ける者」であったが、救いの後は、その滅びを免れ、それだけでなく、キリストと共に天の御座に座る者とされ、救いの恵みの素晴らしさを表わす見本とされたということ。2回目のメッセージ(V8~V10)では、1回目と同じようであるが、その恵みのゆえに神の栄光を現わす者に変えられたということだった。だから、「ですから、思い出してください。」というのは、このように私たちには救われる前のビフォーと、救われた後のアフターには違いがあるのだから、同様に「思い出してください。」というのです。

 では、「何を思い出してください。」と言うのか?―それが今日のメッセージのポイントです。

【本論】

 結論から言う。「神の恵みによる私たちのビフォー&アフター」とは、―私たちは、救われる前は神から遠く離れ、人間としても互いに遠く離れた者だったが、救われた後は神に近い者とされ、互いでも近い者とされたということ。これが3つめの「神の恵みによる私たちのビフォー&アフター」です。

 パウロは、エペソ教会の兄姉たちに、こう言った。「あなたがたは、以前は肉において異邦人でした。すなわち、肉において人の手による、いわゆる割礼を持つ人々からは、無割礼の人々と呼ばれる者であって、2:12そのころのあなたがたは、キリストから離れ、イスラエルの国から除外され、約束の契約については他国人であり、この世にあって望みもなく、神もない人たちでした。」(V11b~V12)と。

 エペソの教会は異邦人教会です。だからパウロは彼らに、「あなたがたは、以前は肉において異邦人でした。すなわち、肉において人の手による、いわゆる割礼を持つ人々からは、無割礼の人々と呼ばれる者であって、2:12そのころのあなたがたは、キリストから離れ、イスラエルの国から除外され、約束の契約については他国人であり、この世にあって望みもなく、神もない人たちでした。」と言ったのです。これが、ビフォーです。

V13:「しかし、以前は遠く離れていたあなたがたも、今ではキリスト・イエスの中にあることにより、キリストの血によって近い者とされたのです。」これがアフターです。

 「キリスト・イエスの中にあることにより」とは、キリスト・イエスを私たちの救い主として信じて、受け入れて、キリスト・イエスと一つになるということ。それにより、「キリストの血によって近い者とされたのです。」ということです。「何に対して近い者とされた。」のか!―二つある。

(1)神に近い者とされた

 パウロは、私たちは救われる前は、「キリストから離れ、イスラエルの国から除外され、約束の契約については他国人であり、この世にあって望みもなく、神もない人たちでした。」と言った。しかし今、私たちは、イエス・キリストを私たちの救い主として信じることにより、イエス・キリストの流された血の贖いによってキリストの者となった。キリストに近い者となった。神に近い者になったのである。

 パウロはこのことについて、他の箇所で、「神との和解」という言葉でも表現している。

コロサイ1:21~22:「あなたがたも、かつては神を離れ、心において敵となって、悪い行いの中にあったのですが、1:22今は神は、御子の肉のからだにおいて、しかもその死によって、あなたがたをご自分と和解させてくださいました。それはあなたがたを、聖く、傷なく、非難されるところのない者として御前に立たせてくださるためでした。」

 ここに「敵」という言葉があるように、「和解」というのは、敵対関係の中にある者同士が、文字通り、「打ち解けて」+「和む、仲良くなる」ことです。

 ここで、少し考えよう。「私たち人間が神と敵対関係にある」ということはどういうことか?―「人間同士が敵対関係にある」ということは分かる。今のロシアとウクライナの戦いのように、また2月28日に始まったアメリカ/イスラエルとイランとの戦いのように、人間、国同士の敵対関係には、どちらにも言い分があって、どちらかが100%完全に正しいということはない。しかし、神と人間との間の敵対関係の場合はそうではない。神に落ち度があって人間と敵対関係になったということはあり得ない。神との間で敵対関係があるとすれば、それは人間側に問題があるからである。聖書はそれを罪というが、神はその罪を赦し、ご自分との間の敵対関係を解消し、和解をもたらすために、神には何の落ち度もないのにも拘わらず、神の方から御子であるキリストを、和解のための代償として十字架に架けて下さって、私たちとの間の敵対関係を解消し、和解をもたらして下さったのです。

※これが、神の恵みによって私たちに与えられた罪の赦し、救い、神との和解というものです。パウロはそのことを、今日の箇所でも次のように言っている。

V13~V15b:「しかし、以前は遠く離れていたあなたがたも、今ではキリスト・イエスの中にあることにより、キリストの血によって近い者とされたのです。2:14キリストこそ私たちの平和であり、二つのものを一つにし、隔ての壁を打ちこわし、2:15ご自分の肉において、敵意を廃棄された方です。敵意とは、さまざまの規定から成り立っている戒めの律法なのです。」

 神は私たちとの間に、「敵意」、また「隔ての壁」という「律法」を置かれた。決して守り切ることの出来ない「隔ての壁」のような律法を置かれた。それは、神と人間とは違うからです。しかし、そんな私たちを神に近い者として下さるために、神は御子イエス・キリストを贈って下さった。それが神の恵みによる救いです。

 次に、私たちが近い者とされたということは、「神に対して」だけでなく、人間として「互いに」近い者とされたということでもある。

(2)人と互いに近い者とされた

V15~V16:「ご自分の肉において、敵意を廃棄された方です。敵意とは、さまざまの規定から成り立っている戒めの律法なのです。このことは、二つのものをご自身において新しいひとりの人に造り上げて、平和を実現するためであり、2:16また、両者を一つのからだとして、十字架によって神と和解させるためなのです。敵意は十字架によって葬り去られました。」

 ここで言われている「二つのもの」とは、Ⅴ11に「異邦人」、「割礼を持つ人々」という言葉があったように、直接的には異邦人とユダヤ人のことであるが、適用的に言うならば、すべての互いに異なる人間同士のことでもある。人は皆それぞれに異なる考え方、生き方、基準という律法を持っている。だから一致することが難しく、敵対し合うのである。神はそのような私たちのためにも、互いに和解し合えるように、和解の代償として御子イエスキリストを十字架に架けて下さった。ここに、神の恵みによる救いがある。そして聖書は、その救いの完成形として、異邦人もユダヤ人も、すべての人をキリスト・イエスにある一人の新しい人にしようとされたのである。またそれは次のようなことでもある。

エペソ1:10:「時がついに満ちて、実現します。いっさいのものがキリストにあって、天にあるもの地にあるものがこの方にあって、一つに集められるのです。」

 このように、私たちは最終的には、神御自身と近い者、互いに近い者とされ、互いとも、また神とも一つになるのである。それが、神の恵みによるアフターの姿です。

V17~V18:「それからキリストは来られて、遠くにいたあなたがたに平和を宣べ、近くにいた人たちにも平和を宣べられました。2:18私たちは、このキリストによって、両者ともに一つの御霊において、父のみもとに近づくことができるのです。」

【結論】

 今日、メッセージの中で、5年目に入ったロシア×ウクライナの戦いについて、また新たに始まったイランとイスラエル/アメリカとの戦いについて触れた。これらの戦いが早く終結するように、また、世界の至るところにある戦いが終結するように、神が仲介者として、和解の使節として御子イエス様が送られたことを覚え、一日も和解が来るように祈ろう!

―祈り―


 
 
 

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