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2026. 7.26. 礼拝メッセージ:金子辰己雄師

  • 8月2日
  • 読了時間: 7分

【タイトル】

霊的戦い(17)「勝利のための霊的原則」

【聖書個所】

ヨハネ8:31~32:「そこでイエスは、その信じたユダヤ人たちに言われた。『もしあなたがたが、わたしのことばにとどまるなら、あなたがたはほんとうにわたしの弟子です。8:32そして、あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。』」

【前置】

 今日はヨハネ8:31~32からメッセージを取り次ぐが、昨年11月に、同じ聖書個所から「霊的戦い」の9回目として、「真理を知ることに勝る霊的戦いのための武器はない」というテーマでメッセージを語った。今日は少し重なる部分もあるかもしれないが、別の角度からこのみことばに焦点を当て、霊的戦いにおける「勝利のための霊的原則」というテーマで、みことばを語りたい。そして、これは非常に重要なことだが、「勝利のための霊的原則」の「勝利」のところに、すべての祝福、例えば、「救い、癒し、解放」、また、私たち信仰者であれば誰もが求めている御霊の実、「愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制」と言った実が結ばれること、また、私たちだけではなくすべての人が求めている「健康や平安、すべての災いからの守り」と言ったあらゆる祝福のことを置き換えてみても同じである。それらの祝福を勝ち取るための原則とは何かについて学ぶ。

【序論】

 イエス様の周りにはいつも弟子たちだけでなく、多くの人々が集まっていた。そして、そこではイエス様は人々に神の言葉を語っていた。今日の箇所もそう。そして聖書は、人々はイエス様の語ることを信じたと言う。

ヨハネ8:30:「イエスがこれらのことを話しておられると、多くの者がイエスを信じた。」

 そうすると、この後そのことが明らかになるが、イエス様はこの時の彼らの信仰が本物の信仰でないことが分かっていたかのように、彼らにこう言った。

V31~V32:「そこでイエスは、その信じたユダヤ人たちに言われた。『もしあなたがたが、わたしのことばにとどまるなら、あなたがたはほんとうにわたしの弟子です。8:32そして、あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。』」

 彼らの信仰が本物の信仰でないことがどうして分かるかというと、彼らは、イエス様の今語った言葉に対して、こう言っているからである。

V33:「彼らはイエスに答えた。『私たちはアブラハムの子孫であって、決してだれの奴隷になったこともありません。あなたはどうして、『あなたがたは自由になる。』と言われるのですか。』」

 これらの、イエス様と人々と交わす言葉の中に、今日私たちが学ぶ、「霊的戦いにおける勝利の原則」、それだけでなく、私たちが、またすべての人が求めている「あらゆる祝福を勝ち取るための霊的原則」が語られている。それは何か?―3つの原理・原則がある。

【本論】

 先ず第一の原理・原則は、「みことばを聞くこと」です。

V30:「イエスがこれらのことを話しておられると、多くの者がイエスを信じた。」

 人々は、イエス様が神の言葉を語っているのを聞いて、イエス様を信じた。聖書はそう言っている。だから、この時は未だ彼らの信仰が本物の信仰ではなかったにしても、聖書が言うように、彼らはイエス様の話しておられることを聞いてイエス様を信じたのである。ここに、先ず第一の霊的原則がある。

①第一の原則:神の言葉を聞くこと。

 パウロもローマ10:17でこう言っている。

ローマ10:17:「そのように、信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです。」

 信仰は聞くことから始まる。そして、聞くことは何でも良いのではなく、「キリストについてのみことば」、「神の言葉を聞くことによる。」とある。だから、彼らはイエス様を信じた。しかし、そのような人々にイエス様は、これが第2の原則だが、次のように言った。

V31:「そこでイエスは、その信じたユダヤ人たちに言われた。『もしあなたがたが、わたしのことばにとどまるなら、あなたがたはほんとうにわたしの弟子です。」

②第2の原則:御言葉にとどまること。

 「御言葉にとどまる」とは、「みことばに従う」、「みことばにしっかりと立つ」、「本当に信じる」ということ。イエス様はある時、自分のことも、バプテスマのヨハネのことも信じない祭司長や民の長老たちに、彼らの不信仰を責めるために、ある譬え話を語った。

マタイ21:28~32:「ところで、あなたがたは、どう思いますか。ある人にふたりの息子がいた。その人は兄のところに来て、『きょう、ぶどう園に行って働いてくれ。』と言った。21:29兄は答えて『行きます。お父さん。』と言ったが、行かなかった。21:30それから、弟のところに来て、同じように言った。ところが、弟は答えて『行きたくありません。』と言ったが、あとから悪かったと思って出かけて行った。21:31ふたりのうちどちらが、父の願ったとおりにしたのでしょう。」彼らは言った。「あとの者です。」イエスは彼らに言われた。「まことに、あなたがたに告げます。取税人や遊女たちのほうが、あなたがたより先に神の国に入っているのです。21:32というのは、あなたがたは、ヨハネが義の道を持って来たのに、彼を信じなかった。しかし、取税人や遊女たちは彼を信じたからです。しかもあなたがたは、それを見ながら、あとになって悔いることもせず、彼を信じなかったのです。」

 イエス様は、この譬え話を通して、聞いて信じたのであれば、従わななければならないことを教えられた。この時、祭司長や民の長老たち、ユダヤの人たちは、神を信じてはいたが、神の言うことには従っていなかったので、このことをイエス様は語られたのである。

※私たちはどうか?―みことばに本当に従っているだろうか?みことばにしっかりと立っているだろうか?みことばを本当に信じているだろうか?―霊的戦いにおいて勝利を得るためには、御言葉に従うこと、御言葉にしっかりと立っていること、御言葉を本当に信じていることが必要なのです。

③第3の原則:真理を知ること。

V32:「そして、あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。』」

 真理とは何だろう?―この世には、科学的真理、論理的真理、芸術的真理というものがあるが、それらは、誰にとっても変わることのないものである。科学的真理で言えば、水の沸点は100℃が科学的真理です。しかし、これもある条件の中のことであって、富士山頂では、88℃位で沸騰する。気圧が低いからである。しかし、このような科学的真理を発見したことから第一次産業革命が起こり、19世紀後半には石油の発見とその利用により第2次産業革命が起こり、20世紀後半に入って、コンピューターの発明によって第3次産業革命が起こり、人類の生活はあらゆる面で自由になった。それまで出来なかったことが出来るようになったからである。しかし、ある面では自由になっても、一方では自由を失うということが起こっている。環境汚染や社会の複雑化から来る健康破壊等です。

 しかし、聖書が言う真理はそういうものではない。いつでも、どこでも、誰にとっても永遠に変わらない事実、それが聖書的真理、霊的真理です。それは何か?―それは神の言葉であり、言葉となられた神であるイエス・キリストです。

イザヤ40:8:「草は枯れ、花はしぼむ。だが、私たちの神のことばは永遠に立つ。」

ヨハネ1:1、14a~c:「初めに、ことばがあった。ことばは神とともにあった。ことばは神であった。」、「ことばは人となって、私たちの間に住まわれた。私たちはこの方の栄光を見た。父のみもとから来られたひとり子としての栄光である。」

 そして、イエス様ご自身が決定的にこう言われた。

ヨハネ14:6b:「…。『わたしが道であり、真理であり、いのちなのです。』」

 このように言われたイエス様ご自身が、V32:「『…、あなたがたは真理を知り、真理はあなたがたを自由にします。』」と言われたのです。

 「知る」というのは、人格的に知ると言うこと。体験的、霊的に知るということです。その時に、私たちは、「救い、癒し、解放」、「愛、喜び、平安、寛容、親切、善意、誠実、柔和、自制」と言った御霊の実が結ばれ、すべての人が求めている「健康や平安、すべての災いからの守り」と言った祝福に満たされて、あらゆることにおいて自由になるのです。

 この第3の原則に至るために、第1、第2の原則があった。これが、真理を知るための、そして、私たちのあらゆることに関しての勝利を得るための霊的原則です

【結論・祈り】

 今日、この勝利を、自由を、健康を、平安と、喜びを、救い、癒し、解放を求める人はいるか?―いるならば、御言葉を聞こう。そして信じて従おう。御言葉にしっかりと立とう。そうすれば、霊的戦いにおける自由を、勝利を得ることが出来る。

―祈り―


 
 
 

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