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2023.12.3 礼拝メッセージ:金子辰己雄師

【聖書個所】

黙示録1:4~8:「ヨハネから、アジヤにある七つの教会へ。今いまし、昔いまし、後に来られる方から、また、その御座の前におられる七つの御霊から、また、忠実な証人、死者の中から最初によみがえられた方、地上の王たちの支配者であるイエス・キリストから、恵みと平安が、あなたがたにあるように。イエス・キリストは私たちを愛して、その血によって私たちを罪から解き放ち、また、私たちを王国とし、ご自分の父である神のために祭司としてくださった方である。キリストに栄光と力とが、とこしえにあるように。アーメン。見よ、彼が、雲に乗って来られる。すべての目、ことに彼を突き刺した者たちが、彼を見る。地上の諸族はみな、彼のゆえに嘆く。しかり。アーメン。神である主、今いまし、昔いまし、後に来られる方、万物の支配者がこう言われる。『わたしはアルファであり、オメガである。』」

―祈り―

【本論】

 ヨハネの黙示録は、第一回目のメッセージの時に分かち合ったように、正確に言うなら、意味合いとしては「ヨハネの黙示録」、つまり、「ヨハネが書いた、ヨハネによる黙示録」というより、「神がキリストに与え、キリストによってヨハネに与えられた黙示をヨハネが書き残したもの」ということ。だから、ヨハネが中心ではなく、神、キリストが中心、土台にあるのである。しかし、形の上ではそれをヨハネが書き残しているので、そういう点で、黙示録はヨハネの書き残したものということになる。

 特に、今日のV4を見ると、そのことがはっきりと分かる。

V4a:「ヨハネから、アジアにある7つの教会へ。」

 ここに黙示録というのは、終末の時代に何が起こるかということが記されている預言書という意味合いと共に、ヨハネからの7つの教会に向けての使信(私信ではなく、使徒としての手紙)であるということである。7つの教会とは、V11に出て来るエペソ、スミルナ、ぺルガモ、テアテラ、サルデス、フィラデルフィア、ラオデキヤの7つの教会のこと。エペソから始まって北、東と、完全な円ではないが、円を描くように位置している町の教会。そしてこの7つには別の意味があって、「7」という完全数から、すべての教会を代表する教会、時空間を超えた普遍的な教会と言うことでもある。そういう点で、この7つの教会に向けて書かれた黙示録、またヨハネからの使信は私たちへのメッセージでもあるということである。

V4b~V5a:「今いまし、昔いまし、後に来られる方から、また、その御座の前におられる七つの御霊から、1:5また、忠実な証人、死者の中から最初によみがえられた方、地上の王たちの支配者であるイエス・キリストから、恵みと平安が、あなたがたにあるように。」

 ヨハネは続けてここで、彼の使信の初めに、パウロやペテロ、また彼自身の手紙の中で見られるように、手紙の宛先の人たちに対する定型のような挨拶を書いている。その内容は、「今いまし、昔いまし、後に来られる方から」、これは父なる神様のこと。「また、その御座の前におられる七つの御霊から」、これは、7つの教会の御使いという解釈もあり、また「7つの御霊」とは、イザヤ11:2に記されている7つの働きをする御霊を指すと言う解釈もある。

イザヤ11:2:「エッサイの根株から新芽が生え、その根から若枝が出て実を結ぶ。その上に、【主】の霊がとどまる。それは知恵と悟りの霊、はかりごとと能力の霊、主を知る知識と【主】を恐れる霊である。」

 しかし、具体的に解釈しなくても、「7」を完全数として、「7つの御霊」とは、大きくとらえて「聖霊なる神様」として良いだろう。そして、「また、忠実な証人、死者の中から最初によみがえられた方、地上の王たちの支配者であるイエス・キリストから」は、文字通り、イエス・キリスト、御子なる神様のことで、ヨハネはこの三位一体なる神様から7つの教会に対して、「恵みと平安が、あなたがたにあるように。」と言っている。言っているというよりも、それは彼の願い、思い、祈りと言って良いだろう。

 先ほど挙げた、他の書簡ではどうなっているか、確認してみよう。

パウロの書簡からは、Ⅰコリントの手紙では。

Ⅰコリント1:1~3:「神のみこころによってキリスト・イエスの使徒として召されたパウロと、兄弟ソステネから、コリントにある神の教会へ。すなわち、私たちの主イエス・キリストの御名を、至る所で呼び求めているすべての人々とともに、聖徒として召され、キリスト・イエスにあって聖なるものとされた方々へ。主は私たちの主であるとともに、そのすべての人々の主です。私たちの父なる神と主イエス・キリストから、恵みと平安があなたがたの上にありますように。」

 また、ヨハネ自身による手紙、Ⅲヨハネの手紙では。

V1~V2:「長老から、愛するガイオへ。私はあなたをほんとうに愛しています。愛する者よ。あなたが、たましいに幸いを得ているようにすべての点でも幸いを得、また健康であるように祈ります。」

 個人向けの手紙であることと、表現は違っていても、自分から、また自分を通して神からガイオに、「平安と恵み」、「幸いと健康」があるようにと記されている。祈られている。だから、黙示録は単に、終末預言に関わる難解な書物ではなく、1回目に言ったように、神の教会に対する、また私たちに対する神の愛、また、それを受けて、ヨハネ自身も私たちに対するこの手紙を書き送り、そこに彼の愛が迸(ほとばし)っている書物、手紙なのである。そしてその愛を、彼は神の中に、キリストの中に見出し、彼はその神を、またキリストをほめたたえて、祈りを捧げている。

V5b~V6:「イエス・キリストは私たちを愛して、その血によって私たちを罪から解き放ち、また、私たちを王国とし、ご自分の父である神のために祭司としてくださった方である。キリストに栄光と力とが、とこしえにあるように。アーメン。」

※私たちもヨハネと一緒に、私たちのために十字架に架かり、その十字架で流された血潮で私たちの罪の贖いをし、それだけではなく、私たちをその「王国」(キリストに支配された者として生きること)、「ご自分の父である神のために祭司としてくださった方」であるキリストを覚え、その栄光と力がとこしえにあるように祈ろう!

V7:「見よ、彼が、雲に乗って来られる。すべての目、ことに彼を突き刺した者たちが、彼を見る。地上の諸族はみな、彼のゆえに嘆く。しかり。アーメン。」

 これは、Ⅴ5~V6にあったように、キリストが過去に私たちにして下さったこと、或いは現在進行形のことではなく、将来のことです。V5~V6では、「・・・た。」と過去形、または英語の聖書を見ると現在進行形で書かれているが、ここは、「・・・る。」と、現在形、または未来形で記されている。

 特にこの箇所は、終末預言として、ダニエル書とゼカリヤ書に記されていることが、ここに語られている。

ダニエル7:13~14:「私がまた、夜の幻を見ていると、見よ、人の子のような方が天の雲に乗って来られ、年を経た方のもとに進み、その前に導かれた。この方に、主権と光栄と国が与えられ、諸民、諸国、諸国語の者たちがことごとく、彼に仕えることになった。その主権は永遠の主権で、過ぎ去ることがなく、その国は滅びることがない。」

ゼカリヤ12:10:「わたしは、ダビデの家とエルサレムの住民の上に、恵みと哀願の霊を注ぐ。彼らは、自分たちが突き刺した者、わたしを仰ぎ見、ひとり子を失って嘆くように、その者のために嘆き、初子を失って激しく泣くように、その者のために激しく泣く。」

 主が再臨される時、主の再臨を救いの完成のために待ち望んでいる人々にとっては、それは喜びであり、恵みと平安に満ちた時だが、主を信じないで、福音を拒み続けた人にとっては、その時は大きな嘆きの時である。だからこそ、私たちは主の救いに預かり続け、新天新地というゴールに入るまで、イエス・キリストから離れてはいけないのである。

Ⅴ8:「神である主、今いまし、昔いまし、後に来られる方、万物の支配者がこう言われる。『わたしはアルファであり、オメガである。』」

 これは、神なる主がどういう方であるかを教えている。神は時空間に支配されず、むしろ時空間を支配し、すべてを支配し治める方であること。私たちはそれを知る時、そして、それに立つ時、つまりそれを私たちの神に対する信仰の土台として置くときに、すべての祈りは、それによってささげられること、そして答えられることを知るのである。

 ヨハネは、この黙示録を彼の7つの教会への使信として送り、またそこに祈りを加える時、その使信も、また祈りも、この神はこういう方であるということによって、確かなものになるのである。V8は、Ⅴ4~V7までのパウロの使信と祈りの土台である。

【結論】

 私たちも、この世界の出来事、また私たちの身近な信仰生活のさまざまな出来事を見る時、神は今も昔も変わることなく、そして、必ず後に来られる神であることを確信し、祈りとみことばに従う生活を送って行こう!

―祈り―


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