【聖書個所】
ダニエル8:15~26:
【タイトル】
ダニエル(14)「悟れ、幻を。そして、...」
【前置】
今日は7章と8章に記されているダニエルの見た幻の内から、終末の時代に関するメッセージを取り次ぐ。それは、7章に記されていた「大きな鉄の牙を持ち、10本の角を持っていた第4の大きな獣」、それは歴史的にはローマ帝国を表わし、その中から現われた大きなことを語る小さな角や、8章で語られていた「雄やぎの4本の角の内、1本から出て、やがて大きくなって行った小さな角」が歴史上に実際に現れたシリヤ王朝のアンティオコス・エピファーネスを指し示していると言ったが、それらは終末論的には何を示しているのか?―主はダニエルにこの幻を見せることにより、今日の終末の時代に生きている私たちに何を語ろうとしているのか?―そのことを今日はご一緒に聖書から見て行こうと思う。
【序論】
V15~V17:「私、ダニエルは、この幻を見ていて、その意味を悟りたいと願っていた。ちょうどそのとき、人間のように見える者が私の前に立った。私は、ウライ川の中ほどから、『ガブリエルよ。この人に、その幻を悟らせよ。』と呼びかけて言っている人の声を聞いた。彼は私の立っている所に来た。彼が来たとき、私は恐れて、ひれ伏した。すると彼は私に言った。「悟れ。人の子よ。その幻は、終わりの時のことである。」
ダニエルは、7章に記されていたが、ベルシャツァル王の元年(BC553年)に見た幻から3年後(BC550年)にまた幻を見た。その幻については前回学んだところである。彼はその幻の意味を悟りたいと願っていると、ちょうどその時、人間のように見える者が彼の前に立ったと言う。それは、Ⅴ16で語られているように、御使いガブリエルである。御使いガブリエルについては皆知っているように、バプテスマのヨハネの誕生の時、祭司ザカリヤに、またイエス様の誕生の時、マリヤに現れた御使いである。
御使い、或いは天使については、私たちは余り考えたことがないが、この時からイエス様の誕生の年までは552年、正式にはイエス様の誕生はBC4年頃と言われているので、548年となり、それ以上の年数を生きていることになる。なので、御使いには寿命があるのだろうかと考えるが、そのことについては聖書は何も語っていないので分からない。組織神学では「天使論」と言う学問があるが、いつか「御使い」についての学びもして行こう。
いずれにしてもこの時、ザカリヤやマリヤに現れた同じ御使いガブリエルがダニエルにも現れて、彼が見た幻について、「人の声」、これは「神の声」のこと、神によってダニエルに悟らせるように言われたのである。そして、彼はダニエルのところに行って、「悟れ。人の子よ。その幻は、終わりの時のことである。」と言った。
今日はこのガブリエルがダニエルに語った言葉、「悟れ。人の子よ。その幻は、終わりの時のことである。」から、ダニエルの幻に示された終末の時代に関するメッセージを見る。
【本論】
ポイントは3つ。
(1)「私たちは幻を悟らなければならない」
幻は神のこの世に対する計画です。神はその計画を、世界を造る前から立てられ、それを神の計画に従って実現に至らせている。神は歴史を作る神であり、すべてを支配している神である。私たちはそのことを悟らなければならない。知的にではなく、信仰の霊をもって悟らなければならない。へブル書11章には、私たちの信仰のヒーローたちが描かれているが、彼らは皆その幻を悟った人たちだった。だから、彼らについて共通して言えることは、彼らは皆信仰の人々として、「神が幻、御計画によって立てられた約束の実現を決して疑うことなく、そのものから目を離さず、ある者にはそれがこの世で実現したが、ある者にはそれがこの世で実現しなくても、その実現を未来に見て生きていたということです。
ヘブル11:13:「これらの人々はみな、信仰の人々として死にました。約束のものを手に入れることはありませんでしたが、はるかにそれを見て喜び迎え、地上では旅人であり寄留者であることを告白していたのです。」
彼らは皆、世界が神の言葉、神の幻によって造られていることを悟っていたので、目に見えるもの、耳に聞こえるものに頼ることなく、神の言葉、神の幻にだけ頼って生きていたのです。
ヘブル11:3:「信仰によって、私たちは、この世界が神のことばで造られたことを悟り、したがって、見えるものが目に見えるものからできたのではないことを悟るのです。」とある通りです。これが信仰者の本質です。
※あなたは何に頼っているか?―目に見える、耳に聞こえるニュース、人の声、この世の声に頼っているか?―私たちは、きのうもきょうも、いつまでも変わらない聖書、神の言葉、神の幻に頼って生きて行こう!アーメン!
(2)「幻は必ず実現する。それも、終わりの時は必ずあって、その終わりの時の幻も必ず実現する。」
V17:「その幻は、終わりの時のことである。」とガブリエルは言った。その終わりの時については、ここでは「二千三百の夕と朝」、6年と3ヵ月と20日という象徴的な年月が語られている。それが何を意味するかはっきり分からないが、その年月が明らかにされているということは、終わりの時は必ずあって、それは必ず実現するということを教えている。そのことに関しては偽りはないのである。ダニエル8:26a:「先に告げられた夕と朝の幻、それは真実である。」とある通りに。
事実、その後約383年後、BC167年、シリヤ王朝から出て来たアンティオコス・エピファーネスがエルサレム神殿の聖所に立ち、偶像を持ち込んで聖所を汚すという出来事が歴史上起こる。そしてこれは、終末預言として大患難期に現れる反キリストを表わしている。その反キリストの出現については、この後ダニエル9:27、11:21~45、12:11のところでも語られているが、今日は、新約聖書の中の反キリストの出現について語られているところから、そのメッセージを見たいと思う。
Ⅱテサロニケ2:1~8:「さて兄弟たちよ。私たちの主イエス・キリストが再び来られることと、私たちが主のみもとに集められることに関して、あなたがたにお願いすることがあります。霊によってでも、あるいはことばによってでも、あるいは私たちから出たかのような手紙によってでも、主の日がすでに来たかのように言われるのを聞いて、すぐに落ち着きを失ったり、心を騒がせたりしないでください。だれにも、どのようにも、だまされないようにしなさい。なぜなら、まず背教が起こり、不法の人、すなわち滅びの子が現れなければ、主の日は来ないからです。彼は、すべて神と呼ばれるもの、また礼拝されるものに反抗し、その上に自分を高く上げ、神の宮の中に座を設け、自分こそ神であると宣言します。私がまだあなたがたのところにいたとき、これらのことをよく話しておいたのを思い出しませんか。あなたがたが知っているとおり、彼がその定められた時に現れるようにと、いま引き止めているものがあるのです。不法の秘密はすでに働いています。しかし今は引き止める者があって、自分が取り除かれる時まで引き止めているのです。その時になると、不法の人が現れますが、主は御口の息をもって彼を殺し、来臨の輝きをもって滅ぼしてしまわれます。」
ここで語られているポイントは、「時が来れば反キリストは現れるが、しかしまた、時が来れば反キリストは必ず滅ぼされる」という揺るがない事実のこと。そしてその厳然たる事実を治めておられるのはその「引き止めているもの」と記されている神なのです。神は、歴史を支配し、すべてを支配しておられるのです。この神が、反キリストの現われも、また滅びも定めておられる。そういう意味で、幻、神の御計画は必ず実現するのです。
3つ目のポイントは結論。
【結論】
(3)「私たちは幻を悟り、悟るだけではなく、その悟りにふさわしく生きて行かなければならない。」
そのためにイエス様が弟子たちに、また私たちに語られたメッセージに耳を傾けたい。
マタイ24:4~6:「そこで、イエスは彼らに答えて言われた。「人に惑わされないように気をつけなさい。わたしの名を名のる者が大ぜい現れ、『私こそキリストだ。』と言って、多くの人を惑わすでしょう。また、戦争のことや、戦争のうわさを聞くでしょうが、気をつけて、あわてないようにしなさい。これらは必ず起こることです。しかし、終わりが来たのではありません。」
マタイ24:42~44:「だから、目をさましていなさい。あなたがたは、自分の主がいつ来られるか、知らないからです。しかし、このことは知っておきなさい。家の主人は、どろぼうが夜の何時に来ると知っていたら、目を見張っていたでしょうし、また、おめおめと自分の家に押し入られはしなかったでしょう。だから、あなたがたも用心していなさい。なぜなら、人の子は、思いがけない時に来るのですから。」
ここで語られている結論は、「終わりの時は必ず来る。だからあわてることなく、忍耐を持って備えていなさい。人の言葉や出来事に惑わされてはならない。それらは必ず起こることだからだ。」と言うことです。また、「終わりの日は盗人が来るように思いがけない時に突然来る。だから、目を覚まして備えていなさい。」と言うメッセージです。だから、そのようにしていよう!
―祈り―
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